「なんか」は金輪際禁句にしよう。自分自身と周囲の人のために

はじめに

こんな言葉が口ぐせの人はいないだろうか。

「自分なんか…」「私なんかのために…」「僕なんかでも…」という言葉だ。

ひょっとしたらあなたもこれらの言葉をよく使っているかもしれない。

私はこれらの言葉を聞くたびに、まるで自分事のように悲しくなる。

その人たちは間違っても「なんか」の存在ではないのに、自分に「なんか」と言い聞かせているからだ。

あなたの周囲でこれらの言葉を聞いている人も、きっと私と同じことを思うことだろう。

あなたが仮に謙遜のつもりでこれらの言葉を使っているのだとしても、周囲の人は良い気分にはならないものだ。

この記事をもって、「なんか」は金輪際禁句にしよう。

他ならぬ自分自身と、大好きな周囲の人のために。

言葉には魂が宿っている

言霊という言葉があるように、言葉には強大な力がある。

自分が発した言葉のように、自分が聞いた言葉のように現実は向かっていくのだ。

「なんか」と言っていれば、今は「なんか」の存在ではない人もいずれ「なんか」の存在になっていく。

「私はかわいくないから…」「僕はどうせデブだから…」と言っていれば本当にその通りになる。

言葉とは現実を操作する魔法なのだ。

ちなみに言うまでもないことだが、これと逆のことを言えば逆のことが起こる。

鏡を見て「今日も私はかわいいね」「今日も僕はイケイケだな」と言っていればその通りになる。

「そんなわけあるか」と思った人も、実際に試してみると一発で分かることだろう。

「なんか」を禁句にすべき理由

「なんか」という言葉は他ならぬ自分自身を卑下する言葉だ。

自分自身を卑下するということは、この世で一番大切なものを卑下しているということに他ならない。

全ての人にとってこの世で最も大切なものは自分自身だからだ。

「私は子どもが世界一大切です」「彼女がいれば何もいりません」なんて言う人がいるが、逆のことを考えてみてほしい。

その子どもや彼女にとっては、あなたが大切なのだ。

自分の大切なものが、自分で自分を卑下するのは、何とも悲しい気持ちにならないだろうか。

自分自身を卑下することは、周囲の人に悲しい思いをさせることに直結する。

世界一大切なものが自分以外ならば、なおさら自分を大切にしよう。

他人を愛するには、自分を愛さなくてはならない。

自分すらも愛せない人に、他人を愛することはできないのだ。

他人を大切にするには、自分を大切にしなくてはならない。

自分すらも大切にできない人に、他人を大切にすることはできないのだ。

さいごに・口ぐせを変えよう

これからは「私なんかでも」の代わりに、「私だから」と言おう。

「私なんかでも成功できました」と言うよりは「私だから成功できました」と言った方が清々しいし、何より自信がつく。

あなたに自信がつけば、周囲の人を元気にすることができるようになる。

他人を励ますことだってできるし、自信を持たせてあげることもできる。

他人に何かを与えようと思ったら、自分がそれを持っている必要があるのだ。

何も持っていない人に、他人に何かを与えることはできないのだ。

この記事が少しでもあなたの役に立てば幸いである。

スポンサーリンク
ずっきまるブログ-レクタングル大




ずっきまるブログ-レクタングル大




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
ずっきまるブログ-レクタングル大