綺麗な成功者にも下積み時代がある。過去に泥沼を経験している。

成功者の過去

現在成功している人を見ると羨ましくなる。

「綺麗だなぁ」「優雅だなぁ」「余裕があるなぁ」等抱く感想は人によって様々だろうが、羨ましがることに変わりはないだろう。

もちろん私もそのうちの一人で、成功している人を見ると羨ましく思う。

これがありのままの本音である。

しかしこのブログを始めて様々な困難にぶつかってきて、羨み以外の感情を同時に抱くようになった。

それは尊敬の念である。

過去の泥沼を突き抜けてきた、その根性と執念に尊敬の念を抱いているのである。

現在どんなに優雅に成功している人でも、過去には必ず泥沼の時期があった。

それでも成功することを諦めずに突き進んだ、その精神力にはただただ畏れるしかない。

多くの人は、お金をたくさん持って優雅に過ごしている現在を羨むだけだ。

だがそれでは勿体ない。

他の人が見ていない面からこそ、新たな発見があるのだ。

この記事ではそれについて書いていく。

成功者の根性

「私なんて大した苦労はしていませんよ」「私は運がよかっただけですよ」とインタビューで答えている成功者は多い。

多くの人はこの話を鵜呑みにするから、成功者を羨むだけで終わる。

大した苦労をしていないというのは、本人がそう思っていないだけだ。

本人にとっては苦労でなくても、周りから見たらとてつもなく努力している。

例えば研究が好きな人は、1日のほとんどを研究に費やしている。

傍から見ればとんでもなく努力しているように見えるが、本人は苦労と感じていない。

なぜなら研究が好きであり、心底楽しんで仕事をしているからだ。

運がよかったというのは、成功者が特別運がよかったわけではない。

運を、チャンスを掴む握力が備わっていただけなのだ。

運をつかむ握力を鍛える方法は、成すべきことをコツコツと成すしかない。

成すべきことを淡々と、日々粛々とこなす。

苦しい時期があっても、自分を信じて淡々とこなす。

これはもはや根性などではなく、ど根性なのだ。

成功者の執念

現在、地獄のど真ん中にいるとしよう。

周囲を見渡しても、暗くて何も見えない。

一筋の光もなく、闇が広がっている。

そこから脱出しようと思ったら、あなたはどうするだろうか。

空を飛ぼうと努力するだろうか。

地面を掘ってみるだろうか。

そんなことはしないはずだ。

地獄の真ん中にいるのなら、ただ走るしかない。

いつか終わりが来ると信じて、走り続けるしかないのだ。

ただ止まっていても、状況が改善されることはない。

待っていたら光の方が来てくれました、なんてことはないのだ。

成功している人は、地獄の中をがむしゃらに走り続けた人である。

その執念はもはや執念ではなく、怨念に値するだろう。

成功者が与えてくれる勇気

誰にでも下積み時代はある。

それは成功者も例外ではない。

だが多くの人は良い面ばかりを見て、暗い面を見ない。

面白くない、美しくない混沌とした泥沼時代にこそ、成功の秘訣が隠されているのだ。

成功者の過去を見ることで、勇気が湧いてくる。

「あの人でさえ泥沼の過去があったんだから」と、自分を奮い立たせて頑張ることができる。

そしてめでたく地獄を抜け出し成功した暁には、あなたがそう思われる番となる。

そうして世の中は回っているのだ。

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